"僕らは、平和に暮らしたい!"

友人のHALさんが私に送ってくれる平和へのメールを集めました。

ディジュリドゥやアボリジニ情報ではありませんが、私達が平和に暮らしていくには、思いだけでは現実化しません。

様々なピースムーブメントが世界各地で行われており、その中からすこしづつご紹介して行きます。


■2003/6/19受信

< 2003年6月21日夏至の日、世界平和と祈りの日 >

今年の夏至も間近となりましたが、6月21日、「World Peace & Prayer Day 世界平和と祈りの日」に世界平和と地球の癒しのためにそれぞれの場所、聖地でともに祈りませんか。

「World Peace & Prayer Day 世界平和と祈りの日」は、北米先住民、ラコタ族の精神的指導者であるチーフ・ア−ボル・ルッキングホースの提唱によって、1996年より毎年夏至の日に世界各地で開かれている集いです。

 チーフ・ルッキングホースは、加速する環境破壊、世界各地で起きる戦争や問題への解決策として、地球上の聖地を大切にし、その聖地の持つ力を高めることで、地球に平和と癒しがもたらされるであろうという啓示を受け、この集いを世界に広めるべく行動しています。

 太陽の力の最も強い夏至の日に、それぞれの聖地に集い、母なる大地への感謝と、世界の平和を祈る集い、「World Peace & Prayer Day 世界平和と祈りの日」。

 この集いは1996年から2000年までの5年間は北米大陸の聖地で行われ、21世紀を迎えてからは残る世界の4つの方角でとの啓示のもと、毎年世界の一つの聖地を訪れています。2001年はアイルランド、2002年には南アフリカ、今年はオーストラリア、そして来年2004年には日本での富士山麓、2005年には感謝の儀式が再びアメリカ大陸で行なわれる予定です。

 様々な問題に直面する現代を生きる私たちが、どうすれば平和な地球、豊かな大地を実現できるのでしょうか。それは目に見える現実と共に一人ひとりの立っている足元を、それぞれの内側を見つめ直す事なのかもしれません。そこで感じた事、大切にしていきたい事、願う事を周りの人達と分かち合い伝えていく事、行動していく事こそが私たちの望む世界への確かな一歩となるのではないでしょうか。

 聖地と呼ばれるこの大地− 一人ひとりの立っている所こそが聖地 − を想い、未来の子供達の平和と幸せを願う。
つながる全てのいのちを想う。

 夏至という特別な日に、世界各地で1人でもたくさんの人びとが心から聖地と地球に感謝すること。

 たとえ目で見る事はできなくても、必ずこの大地を通じて繋がっている生きとし生けるもの、この地球のために祈ること。

 かつて太古においては世界中でそうしていたように、今年も夏至の日に聖地に集い、南北アメリカ大陸で、アイルランドを始めヨーロッパ大陸の各地で、アフリカ大陸で、チーフ・ルッキングホースたちアメリカ・インディアンやアボリジニの人たちが行うオーストラリア大陸で、そして私たちが住むアジアの各地や世界中の島じまで、それぞれの伝統で、それぞれの信じる道で、それぞれの居る場所から大地の調和と世界の平和を、ともに祈りませんか。

 つながるすべてのいのちとともに。 

 World Peace & Prayer Day 2004 Japan 実行委員会
 海老原美恵 海老原良行 岡野弘幹 本出みさ 山口晴康

 問い合わせ先:
 contact@wppd2004.org

来年2004年6月21日、北米先住民、ラコタ族の精神的指導者であるチーフ・ア−ボル・ルッキングホース一行が来日し、日本の富士山において「World Peace &PrayerDay 世界平和と祈りの日」を開催します。

*アーボル・ルッキングホース氏のプロフィール及びWorld Peace & Prayer Day について詳しくは下記をご覧ください。

*日本開催に向けてアーボル氏のメッセージブック「ホワイト・バッファローの教え」が近日出版予定です。

contact@wppd2004.org
日本版ホームページhttp://www.wppd2004.org(近日開設予定)
英語版ホームページhttp://www.worldpeaceday.com

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 World Peace & Prayer Day 2004 JAPAN
    世界平和と祈りの日

 2004年 6月21日 富士山

2004年6月21日(夏至の日)、富士山麓にて、北米先住民ラコタ族の精神的指導者、チーフ・アーボル・ルッキングホース氏が提唱する「World Peace & PrayerDay − 世界平和と祈りの日」を開催します。

「世界平和と祈りの日」はチーフ・ルッキングホースが受けたビジョンに従い1996年から始まった祈りの集いです。この日、世界各地の聖地で、民族や宗教の枠を越えて、人々が共に地球の癒しと平和のために祈ります。

チーフ・ルッキングホースは、部族に伝わる「聖なる白いバッファローの祈りのパイプ」の19代目の守り人という神聖な役割を持ち、彼らに伝わる教えや予言を今の世に伝えています。「祈りの日」は、世界の四つの方角にある聖地で祈りを捧げ、想いを一つにすることで、大地のエネルギーが高まり、世界の平和と地球の癒しが始まる、というビジョンにもとづいて始まりました。「祈りの日」の開催地は、伝統的な儀式を通じて告げられ、2001年はアイルランド、2002年は南アフリカ、2003年はオーストラリア、北米先住民にとって神聖な数であり、締めくく
りの年である四年目、2004年には日本で行われることになりました。このひとつのサイクルが終わった後、2005年に感謝の儀式が亀の島アメリカ大陸に戻り行われます。

  World Peace & Prayer Dayの始まり

「私たちの祖先は何百年も前からこう予言していました。人類は「分岐点」と呼ばれる歴史的な時を迎えるだろうと。その時、私たちは破壊的な行動を続けて種の滅亡を迎えるか、子供達のために平和な文化を世界的に創造できるかの選択を強いられるというものです。」

「私たちが直面している問題の多くは、自然の法則に大きく反した文明の結果です。これらを解決してゆくには、私たちが自己や互いに対する見方、生命を与えてくれるこの地球の見方を根本的に変えることが必要です。」

「私たちラコタ族、ダコタ族、ナコタ族の間には、白いバッファローの子牛の化身の女性の話が伝えられています。数百年前、ホワイト・バッファロー・カーフ・ウーマンという女性が現れ、神聖な儀式の行い方や全ての生命と調和の中で生きる道を私たちに教え、平和の祈りのパイプが入った聖なる包みを残してくれました。そして彼女は、ひとびとが危機に直面したとき、再び私たちの前に現れるという予言を残して去ってゆきました。1994年、一匹の白い雌のバッファローが誕生しました。これは、予言された時代が間近にきているしるしです。」

チーフ・ルッキングホースはこの白いバッファローの誕生に従い、1996年、世界中の精神的指導者に向けて、平和と癒しのための祈りへの参加を呼びかけ、宗教の枠を越えて1996年6月21日にそれぞれの聖地に集い祈ることを提案しました。

1996年から四年間かけて、チーフ・ルッキングホースは、北はカナダから南はコスタリカまで北米大陸の聖なる四つの方角で儀式を行いました。そして2000年、彼らの一大聖地であるブラック・ヒルズで感謝の儀式を行い、北米大陸でのひとつのサイクルが終わったのです。そのあと新しい千年紀から、世界の四つの方角を巡る大きなうねりが始まりました。

「世界平和と祈りの日」は、私たち人類が直面する問題に、地球規模かつ大地に根ざした視点で、それぞれの「場所」で心をひとつにして、子供達とその先に続く世代のために、世界に癒しと調和をもたらそうという願いで行われます。様々な人種、文化、国を代表する何百万人もの人々が、グローバルな共同体意識にポジティブな変化をもたらそうというこの大規模な集いに賛同しています。


平和という夢が、この地球上で現実のものとなることを願い、一人でも多くの方と一緒に、2004年6月21日を日本の聖地で迎えることができますよう。

アーボル・ルッキングホース氏からのメッセージ


母なる地球上のくにぐにのほとんどは、古くから夏至という特別な時に聖地で感謝を捧げ、母なる地球の豊饒が永遠に続くよう祈りを捧げてきました。

私のビジョンは、世界中の全ての人々が信仰にかかわらず、この神聖な日に聖地に集い、ひとつになり、祈り、瞑想し、互いと交流し、母なる地球を癒すエネルギーの転換をもたらし、平和を実現する意識を創りだそうというものです。

私の祖母は、すべての人が良い心を持つことができる、世界を変えられるだけの大きな心を持つ可能性を秘めていると教えてくれました。創造主が私たちに扱いきれないものを与えることはないと。

あなた自身がこの世界にとって不可欠であることを信じてください。その事実がもつ祝福と、重荷を理解してください。あなたは、世界の魂を救うために、必要とされているのです。

あなたという存在がこの世におかれたのには、それだけの意味があるのです。」

World Peace & Prayer Day 2004 JAPANについて

World Peace & Prayer Day 2004 JAPANでは、アメリカより、チーフ・ルッキングホースをはじめ、ネイティブ・アメリカンの精神的指導者の長老や、シンガー、ダンサーが来日するとともに、世界各地の先住民の精神的指導者の招聘も検討中です。6月21日前後にはシンポジウム、文化交流、持続可能なライフスタイル技術の提案等の催しが計画されています。

メッセージブック「ホワイト・バッファローの教え」

チーフ・ルッキングホースのメッセージブック、「ホワイト・バッファローの教え」は今夏出版予定です。詳しくは下記までお問い合わせください。

「World Peace & Prayer Day 2004 JAPAN」日本語版公式ホームページ
 http://www.wppd2004.org(近日開設予定)

 World Peace and Prayer Day英語版ホームページ
 http://www.worldpeaceday.com/

WPPD2004 JAPAN実行委員会
  contact@wppd2004.org


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 チーフ・アーボル・ルッキングホース プロフィール

1954年、サウスダコタ州、シャイアンリバー居留地に生まれる。祖母ルーシー・ルッキングホースと祖父トーマス・ルッキングホースのもとでラコタ族の伝統と精神的な生き方を学び育つ。
12歳のとき、聖なるホワイトバッファロー・カーフ・パイプの守りびとという重責を受け継ぎ、史上最年少で19代目の守りびととなる。

若くしてラコタ、ダコタ、ナコタのスーのくにの責任を受け継ぎ、何度も耐えきれない重圧を感じながらも、民族の精神的伝統が抑圧されていた時代に育ち、その困難な時を目の当たりしてきたなかで、自らの役割を自覚する。

それは、“七世代先の子供たちにより良い未来があるように、変化のために働き、自分たちの生き方がいかに美しいものであるかを世界に示すこと”である、と。

ルッキングホースはその人生を、彼らに伝わる教え、伝統、文化の存続と復活に捧げてきた。

1986年、チーフ・ルッキングホースを含む、精神的指導者たちは、「聖なる輪の修復」の予言をもとに積極的に活動を開始する。酷寒の12月15日から29日まで、祖先のたどった苦難の道と同じルートを馬で行進する。それは過去に起きた
多くの痛ましい出来事(ウーンデッド・ニーの大虐殺等)への癒しであり、来るべき未来への希望となった。
それ以降、行進は多くの年少者を含む部族の人々とともに毎年行なわれている。

1993年、国連が定めた国際先住民年の最初の年にニューヨークの国連で開催された「地球の叫び」会議に他の多くの先住民の長老たちとともに参加。以降、毎年国連にて国際先住民デーに開かれる会議に先立ち、全先住民を代表して開会の儀式を行っている。

1994年、ウィスコンシン州で白い雌のバッファローが誕生したことがきっかけとなり、ルッキングホースは新たな精神的な活動をはじめる。
それは毎年6月21日夏至の日に、「WORLD PEACE & PRAYER DAY 世界平和と祈りの日」をおこない、部族に伝わるホワイトバッファローの予言にもとづき人びとの意識を目覚めさせ、母なる地球の上に点在する聖地の神聖さをあらためて認識しようというものである。

1996年、チーフ・ルッキングホースは、カナダのサスカチュワン州のワペトン・ダコタ居留地からワイオミング州にあるグレイホーンビュートまで、馬による行進「ユニティ・ライド(ひとつになるための行進)」を行った。これをきっかけに、カナダでは四年連続して「ユニティ・ライド」が行なわれた。

同年6月21日、デビルズタワーの名で知られる巨岩、グレイホーンビュートにて第一回目の「世界平和と祈りの日」を開催した。

同年、ニューオリンズ市の市長から市の鍵を贈られ、市長は8月27日を「ホワイトバッファローの日」に制定してチーフ・ルッキングホースに敬意を表した。

同年、栄誉あるカナダのオオカミ賞を贈られる。これは平和のために人生を捧げる人に贈られる賞で、第一回目は南アフリカのネルソン・マンデラが受賞している。

同年、クリントン大統領の就任式に招待され、平和とユニティーについてのスピーチを行う。

1997年、第2回目の「世界平和と祈りの日」を、カナダのサチュカチワン州にあるジョセフ・ビッグヘッド居留地にて開催した。

1998年、第3回目の「世界平和と祈りの日」が、ミネソタ州パイプストーンで行なわれた。ここは儀式で使われる聖なるパイプの火皿に使われる石が産出する聖地である。

同年、国連の特別調査員に対して、聖地の重要性と宗教の自由について語る。これは、国連からの代表がアメリカに来て、先住民の宗教の自由についてスイス、ジュネーブの国連で議論されるべき課題について調査をし、報告をまとめるという最初の試みであった。

1999年、中米にあるコスタリカに行き、第4回目の「世界平和と祈りの日」を開催した。軍隊を放棄した国コスタリカで、北米の先住民と南米の先住民が一同に会し世界平和を祈った。

2000年6月21日、彼らの最も聖なる場所であるサウスダコタ州ブラックヒルズにて第5回目の「世界平和と祈りの日」が開催された。それは彼らの世界観では聖数とされる“4”回の「世界平和と祈りの日」の無事終了への感謝を表すものであり、そしてアメリカ大陸以外の残る4大陸での2000年紀最初の4年間にわたって開催されることへの祈りとなるものであった。

2001年、アメリカ大陸以外最初の「世界平和と祈りの日」がアイルランドで開かれた。アイルランドは持続可能なエネルギー・システムと社会を実現することを世界で最初に宣言した国である。

2002年、南アフリカで「世界平和と祈りの日」が開催された。

以降、2003年6月21日にはオーストラリアで、2004年には日本で、そして2005年にはふたたび感謝の儀式が、アメリカ、サウスダコタ州のブラックヒルズで「世界平和と祈りの日」が予定されている。

その他国際平和の解決や地球的癒しに力を注ぐ多くの活動のなかには、1990年湾岸戦争直前のイラクにて平和を祈る儀式を行ったことや、全米各地の平和集会、平和行進に出向いてスピーチを行うなど、多岐にわたっている。また、スミソニアンなどの博物館から、祖先の遺骨を取り戻す活動に力を貸したり、聖なる物に対する敬意と、伝統儀式を復活させるため、聖なる遺品や遺骨の返還を求める活動も継続して行っている。宗教の自由、聖地の保護、文化のサバイバルについての講演依頼は後をたたない。彼に与えられた役割は民族の土地、文化、精神性に誇りと復活をもたらし、それらを未来の世代に引き継ぐことにある。



内容
と き: 2003年3月2日(日)雨天決行

ところ: 広島市中区中央公園(平和公園ではありません)

     午前9時:受付開始
     午前12時頃:様々なミュージシャンによるステージでの演奏
     午後1時〜2時半:人文字メッセージ作り
     午後2時半〜:広島平和記念公園へピースウォーク(自由参加)
(楽器と花、プラカードなどを手にして)
楽器を持っての参加大歓迎。自由解散
         
目標人数:1万人(予定)・広島市民と全国からの参加者

参加方法:2月24日(日)午後1時から、広島市内パルコ裏アリスガーデン本部テント村にてボランティアスタッフにより参加者の募集と受付をおこないます。(午前9時〜午後10時まで)
参加受付時に文字カードと当日の説明書などをお渡しいたします。
     
広島テント村 電 話 082−504−8751
FAX 082−504−8762
2月24日午後から開設予定

     インターネット、ファクスでも参加申し込みができます。
     2月24日午後3:00から
     詳しくは
     http://www.peace2001.org
     
     参加費は無料。運営費と新聞意見広告代に寄付をおねがいします。

主催: 「3.2ヒロシマNO WAR人文字メッセージ」実行委員会
呼びかけ人代表:嘉指信雄


■2003/2/26受信

”2・15希望の写真”


2003/2/15 ピースウォーク Athens, Greece (200,000)

http://people.cornellcollege.edu より引用

アメリカ人の友人から送られてきた"GOOD NEWS!"です。
世界中でわき上がる平和への熱い想いが伝わる”2・15希望の写真”の数々。でもわがニッポンの姿がない!

だから示そう世界中に! 3・2ヒロシマから世界に! 

NO MORE ! , NEVER ! , PEACE-IN ヒロシマ !

  ハル 山口晴康

(2月15日世界中で行なわれた平和の集い、ピースウォークの写真です。)
   http://people.cornellcollege.edu/a-free/feb15.htm




崩壊後のペンタゴンに墜落したと思われる旅客機を比較したところ

■9・11ペンタゴン疑惑”隠蔽工作の証拠”

ここ数日、アメリカが世界に示したイラクの隠蔽工作の証拠とされるものをニュースで見ながら、以前、送られてきた9・11航空機テロ、ペンタゴン突撃についての疑惑写真のことを思い出しました。ここに見られることは過去に起きた事件の疑惑であるとともに、これから起ころうとすることへの大きな疑惑、”隠蔽工作の証拠”でもあると思われます。
これを送ってくれた日本山妙法寺NY道場の石橋上人も書いておられるように、「・・・これらの写真等が物語っている事は、かって満州において、関東軍が中国への戦端を開くための、゛自作自演 ”であった様に、私達の歴史というものは創りあげられているという事なのでしょうか、とするならば、現在行われている、対テロ戦争という手段は、やがて人類を大虐殺へと導かんとする、企てが始められたという事なのではないでしょうか。そして、その事の為に向けられた銃口の引き金を引く事に成るのが、イラクへの攻撃となって、現れようとしているのではないでしょうか。」

すでに見られている人も多いとは思いますが、もう一度じっくり見てみてください。

その写真が紹介されているホームページです。

http://www6.plala.or.jp/X-MATRIX/911tr/impact911p.html
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/yomu_kiru.html
http://nvc.halsnet.com/jhattori/green-net/911terror/nyterror.htm

ALL MY RELATIONS. ハル 山口晴康


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★グローバル・ピース・キャンペーン★
OPEN-J BOOMERANG 287【最大級 全米デモ70万人】
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■転載・転送・大歓迎■

◆きくちゆみ◆

1月18日のデモは日本も盛り上がったようですね。こちらサンフランシスコも20万人、ワシントンDCは50万人と、ベトナム戦争以来最大の反戦デモになりました。前回の10月26日のデモは「ベトナム戦争以来最大」だったのが今回で「ベトナム戦争をしのぐ反戦運動」になりつつあります。

今回も、前回に引き続き、主催者はANSWER。当日のサンフランシスコクロニクル紙には親切にも集会とデモが行われる詳細な地図まで掲載されていました。

この日のためにベイエリアの地下鉄は10本も増便し、フェリーも3本増便。政府に反対する市民運動のために、交通機関が増発するなんてことは、日本で考えられるでしょうか。初詣ぐらいですよね、日本の場合。アメリカの民主主義の危機が叫ばれるものの、まだこういうところに健在のようで、ちょっとうれしくなりました。

私たちは今回はまず最終目的地であるシビックセンターに車を止め、荷物を下ろし、そこからは地下鉄で4駅乗って出発点のジャスティン・ハーマン・プラザへ向かいました。前回は自転車で先回りして先頭の写真を取ることができましたが、今回は自分も歩きたかったので、一緒に歩きながら写真を取っていました。マナブを載せた乳母車を押しながら、歩き、いろいろ写真を撮るのですが、どうしても全体をとりたくなって、時々電信柱に登って(子どもを下に置いたまま)写真を撮ったり、ホテルの非常階段に内緒で登って撮ったりしていました。見るに見かねて、途中から玄さんが一人を背中に背負い、もう一人を乳母車で押してくれることに。

それから全速力でデモ隊の先頭を目指して走りましたが、ついに先頭まで追いつきませんでした。残念!なんといっても、前回と比べて隊列の長さが倍以上ありましたからね。踊りながら歩く人、ドラムのグループ、パントマイムをする人、子どもを肩車して歩く人、恋人同士、老夫婦、そしてあらゆる人種のあらゆる年齢の人、人、人。みんな思い思いのプラカードを手にしています。

「石油のために戦争をするな」「私たちの名前で戦争をするな」「一人が傷つくことは私たちみんなが傷つくことと同じ」「戦争中毒」「イラクの子どもたちをこれ以上殺すな」「テロリストはブッシュだ」「指名手配 オサマ・ブッシュ・ラディン」など、それぞれ手作りのプラカードです。

午後は集会でスピーチをすることになっていたので、私はステージ横にいたのですが、大スターのマーティン・シーン、歌手のジョーン・バエズ、ボニー・ライトなども演説しました。しかし一番歓声があがったのは、今回もバーバラ・リー下院議員でした。

デモに参加するために125台のバスが西海岸の各都市からサンフランシスコまでやってきました。主催者は「今日のデモはアメリカ人が対イラク戦争を容認したという米国政府の誤った認識を覆した」と語ると、群集がそろえて賛同の声を上げました。

何十万人もの人の前で英語で話すのは私にとって初めての経験でしたが、ステージに上ると会場の雰囲気がとても平和的だったので、落ち着いて話すことができました。

「日本は60年前、悪の枢軸でした。そして広島と長崎に原爆が落とされました。?場からNo More の声)ノー・モアとみなさんはいいますが、イラクでは前回の湾岸戦争で使われた劣化ウランのために、広島・長崎の人々が体験したことと同じ体験をしています。子どもたちが癌や白血病にかかって、死んでいっているのです。『湾岸戦争の子どもたち』の写真を見てください。劣化ウランの半減期は45億年。一度それが使われれば、永久に汚染されるのです。劣化ウランをこれ以上使わせてはいけません。そのためには戦争を止めなくては。

戦争を止めるために私たちにできることがあります。みなさん、『戦争中毒』という本を読みましたか?日本市民は今『戦争中毒』をすべてのアメリカの学校の図書館に寄贈するプロジェクトに取り組んでいます。みなさんも助けてください。
あなたの卒業した学校に『戦争中毒』と『湾岸戦争の子どもたち』の本をプレゼントしてあげてください。アメリカの若者が戦争の犠牲になるまえに、人を殺したり、殺される前に助けてあげてください。」と話しました。

その後、玄さんと「昨日、世界中が戦争を二度としないと決めたとても不思議な夢を見た」という歌を歌いました。会場のみんなが手を振りながら一緒に歌ってくれました。

私のスピーチのあと、たくさんの人が私たちのブースに来て本を買ってくれました。ここまで来て、本当によかった!

次は、ハリウッドのビルボードに野外広告を打とうか、と話し合っているところです。『戦争中毒』ファンは日米でどんどん増えています。「私たちは『戦争中毒』を売ることに中毒している(We are addicted to selling Addictedto War)」
と、みんなで大笑いしました。


03/1/18受信

ウーンデッド・ニー〜世界平和への祈り

ごぶさたしてます。みなさんおげんきでしょうか。
昨年はいろいろそして大変お世話になりありがとうございました。
12月より約1ヶ月あまり亀の島アメリカに行っていました。サウスダコタのウーンデッド・ニーというところまで、地元の人は馬で行進するその後を歩かせてもらって、11日に帰ってきました。そういうわけでご挨拶がおそくなりました。
むこうでは寒さにもめげず、大変元気だったんですが、帰った翌日より横浜にて天空オーケストラ、岡野くん呼びかけのアフガニスタン支援コンサートと次の日に東京で行われたナナオ(サカキ)の80才のハッピーバースデイ・イベントに行ったことがダメ押ししてか、昨日よりカゼ(インフルエンザでないことを祈る)をひいたみたいで一晩寝込んでしまいました。
本当は今日阪神大震災の日に行われる浜岡原発祈りのウォークに行きたかったんだけど、今年はあんまり出歩くなということかな?? 自宅よりこうやって出来ることをしながら祈っています。

ウーンデッド・ニーという対アメリカ・インディアン戦争の終焉と呼ばれる虐殺の地にそのメモリアルの日に多くの地元の人たちと共にお参りすることができたことは、自分自身にとっても、またこの現代のいまにあってとても様々なことを深く感じることができました。日本にも来たことのあるラコタ(スー)のメディスンマン、チーフ・クロウドッグが以前ビッグマウンテン・サンダンスの時に「リメンバー、ウーンデッド・ニー、リメンバー、ヒロシマ」と言ったのを聞いて以来、自分のなかにウーンデッド・ニー、ビッグマウンテン、ヒロシマ(ナガサキ)、というひと繋がりの輪のなかでインディアンと日本が繋がったのでした。
そうここはインディアン戦争の終りの地であるとともに国外の”インディアン”に対する戦争の始まりを意味するところなのだ、と改めて強く思いました。この現在に至る時のなかで、それまでインディアンに行われて来たことと同じことが、中米や太平洋、アジア、アフリカ、中近東・・で全く同じ構図で繰り返されている。
その繰り返される負のサークルをどうすれば絶ちきり、本来のいのちすべてがつながり生きるメディスンの輪の生き方に戻れるのか。

ノーモア、ウーンデッド・ニー、ノーモア、ヒロシマ、ナガサキ、ノーモア、アフガニスタン、ノーモア、イラク・・・この積み重ね埋められている女や子供を含む多くのインディアンたちの共同墓地の上で、ただそう祈らずにはおれませんでした。

1890年の大虐殺の生き残りである有名なブラック・エルクが晩年語っているように、この時に引き裂かれた民族の夢、美しい夢、それを繋いでいた聖なる輪が壊された。その民の輪を癒し、もう一度繋ぎ合わせることを目的として、’86年以来毎年この馬による行進は行われています。そして最終の頃200頭以上にもなる盛大なスピリット・ライダー達のそのほとんどが、下は8才ぐらいからそしてティーンエイジャーが大部分を占める、それはそれはとても素晴らしいものとなっており、確実にその壊された民の輪が繋がり戻って来ていることを毎日共にいれたなかでとても強く感じることが出来たのは良かったです。

そしてこのライドを先導するのが、ラコタ、ダコタ、ナコタのすべての民にホワイトバッファロー・カーフ・ウーマンより授かった伝説のパイプを保持する19代目の守り人、チーフ・アーボル・ルッキングホースです。以前にも一度お知らせしましたがこのウーンデッド・ニー虐殺の100周年にむけて4年間馬による巡礼を行い、その4年後に白い雌のバッファローの子牛が産まれたのをきっかけとして、自分の民以外の世界中の民の輪が壊され、マザーアースを取り巻く聖なる自然の輪が危機に瀕していることを知り、「WORLD PEACE & PRAYER DAY 世界平和・祈りの日」という名で、’97年より毎年6月21日の夏至の日に世界中の聖地でセレモニーを続けているのです。詳細はまた後日お知らせしたいと思いますが、今年はオーストラリアで行う予定で、そして来年は日本に来ることになっています。

チーフ・アーボルは毎日このライドの始まりと終りのサークルの時に繰り返し語っていました。「核戦争か火山の爆発による大惨事が心配される。」
また別のチーフを訪ねた時、人々が最近見た”黒い虹”は良くないことが起きる前兆だ、とも聞かされました。

しかし彼らが決してあきらめずに多くのセレモニーや行動をし続けているように、未来は決して決定されているわけではなく、どう僕たちが選択するかによる仮定でしかないのだと思います。この年の始めに、不安と動揺が渦巻くこの時だからこそ強く強く思います。悲観的な現実や否定的なエネルギーに惑わされることなく、前向きにポジティブに一つ一つ、そして一歩一歩あるいていきましょう。

明日18日は15日が誕生日だった故マーティン・ルーサー・キング牧師のウィークにあたり世界同時反戦デーということでアメリカ、ワシントンDC、サンフランシスコをはじめ世界中でいろいろなウォークやアクションがあるようですね。日本でも東京でCHANCEのウォークや富山でもあると聞いています。2月にはまたウーンデッド・ニーにて’73年のAIMによる占拠から30周年を記念して4つの方角からウォークが行われるそうです。ちなみに日本山妙法寺の純庵主さんはデニス・バンクスとともに歩かれるそうです。そして今年の終りから来年のヒロシマ・デーまでオーストラリアのウラニウム採掘鉱山からスタートして日本へ渡り青森県六ケ所村から広島まで歩く壮大なウォークも始まります。詳しくは http://nuclearfreefuture.tripod.com

戦争に反対する平和を願う世界中のすべての人がたとえ1日でもいっしょに祈り歩いたら、きっとそれだけで世界は良い方向に変わると思いませんか?

美のなかを歩く。 IN BEAUTY , I WALK

ことしもどうぞよろしくおねがいいたします。

またどこかでいっしょに歩けることをねがっています。   ハル 山口晴康 拝